移動販売の歴史 – History of Cateringcar –

移動販売はいつ頃から存在したのか、移動販売の歴史にスポットを当て今昔をさかのぼってご紹介。歴史上の出来事から最近のブームまで、なかにはちょっと昔の懐かしい移動販売も。その時々の世相から生じるニーズにより生み出された移動販売の歴史をご覧下さい。

-江戸時代(17~19世紀)-

江戸や大坂などの大都市で町人文化の花が開きました。江戸に夜鳴きそばや握り寿司など、いわばこの時代のファーストフードである食べ物の屋台が出現し、天秤棒を使って売り歩く飴売りや金魚売りが子供たちの間で人気を呼びました。

-大正~戦前・戦中(1921年~1944年)-

日本人によりリヤカーが発明され、今ではおなじみのラーメン、たこ焼き、石焼き芋などの移動販売の基礎として使用されていました。のちに自動車に姿を変えながらも、現在、知られているような移動販売の原形が徐々に一般に浸透していくことになります。

-戦後(1945年~1948年)-

戦後の混乱期。日本中が焦土と化した中、食糧は配給のみでは足りず、庶民にとり食料の確保は死活問題でした。そんな中、各地にバラック建ての移動式屋台が次々に現れ、主に戦災で店舗を失った人たちが生活の為に、人々に日々の食料や物資を販売するようになりました。

-昭和30年代(1955年~1964年)-

高度経済成長期、ロバのパン屋が人気を呼びました。当初はけん引に動物のロバを使用していましたが、1964年の東京オリンピックから後のモータリゼーションが急速に進んだことに伴い、自動車での販売に移行しました。その他、自転車を利用したアイスキャンディー、豆腐、冷やし飴、ポン菓子、わらび餅、綿菓子、サービスとして靴磨き、鍋包丁研ぎが住宅地にてよく見受けられるようになりました。

-昭和40年代(1965年~1974年)-

1970年の大阪万博の頃、高度経済成長がピークを迎えました。それに伴い自動車の一般普及が進み、竿竹やチャルメラなどが軽トラックにて巡回販売を始めました。都市部では徐々にスーパーが台頭し始めますが、普及の遅れた地方都市では移動スーパーが人気を集めていました。

-昭和後期~平成初期(1980年~1990年)-

バブル景気で世界第2位の経済大国となった日本。ラーメンやクレープなどの軽食系をはじめ、灯油の巡回販売が徐々に一般的になり始めました。1985年改正の男女雇用機会均等法により女性の社会進出が進み、オフィス街では昼食時に固定店舗に比べ安価に提供される弁当の移動販売が人気を生みました。

-平成不況(1991年~2002年)-

行楽地やイベント会場などでたこ焼き、ホットドッグ、アイスクリーム、ケバブなど多種多様なケータリングカーが見受けられるようになり、徐々に一般に浸透し始めていきます。その他、鍵、靴、カバンのリペアーサービスカー、フラワーショップなども出現し、個人営業の移動販売も多くなってきました。

-21世紀初頭~現在(2001年~)-

オフィス街の遊休地を利用し多種多様なケータリングカーを出店させたランチ営業が人気を集めています。いか焼きやクレープ、メロンパンなど、フランチャイズ展開する企業もみられるようになりました。また過疎地において移動コンビニの巡回販売が開始し、移動手段のない高齢者にとって朗報となりました。移動販売はそのような社会貢献を含め、自分らしく生きる道を模索する若者たち、会社に縛られず自由に生きたい女性たちを中心に新たな業種として社会的認知が進みつつあります。